広島市西区に、かつてあった広島カープの三篠寮(三省寮)は多くの赤ヘル戦士たちの思い出の場所だ。1983年ドラフト3位入団の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)にとっても、若かりし頃の懐かしい日々が詰まっている地だが、そこでは女性の“幽霊”との遭遇も経験したという。「紀藤が祈祷師を呼んだ」。チーム内には、そんなダジャレまで飛び交う事態にもなったが、いったいどんな状況だったのか。“当事者”が真相を語った。
「それはね、本当の話ですよ」と紀藤氏はあっさりと口にした。「紀藤が何かを見たというからね。神社の神主さんに来てもらっておはらいをしてもらったことがありました。やはりそういうのはあまりいいものじゃないですからね」と元広島捕手で三篠寮の寮長でもあった道原裕幸氏も証言していた“幽霊騒動”について、“当事者”は「まぁ、自分が起きている時のことですからねぇ。寝ている時じゃないんで。起きている時に横に座っておられたんで……」と話した。
それは1988年頃のことだったとか。「寮の自分の部屋で、テレビを見ていて、たまにファミコンもやりながら、ドラゴンクエストをね。それで、あれは夜の4時くらいかなぁ。電気は消してボーッとテレビを見ていて、トイレに行ったんですよ。なんかトイレに、なんか変な感じがするなぁなんて思いながら、部屋に戻って座って、またテレビをボーッと見ていると、何気なく人の気配を感じたんですよね」。
紀藤氏は霊感が強いそうだが、この時はさすがに仰天したという。「パッと横を見たらね、正座して下を向いて座っておられたんで……。髪の長い女の人が透き通って見えたんです。『ええーっ!』と思いました。もう腰が抜けましたよ。もうびっくりしました。自分、起きているんですからね」。あまりの出来事にどうすればいいのか、対応に苦慮したそうだ。
「部屋の鍵はもう閉めちゃったなぁ。どうやって開けに行こうかなぁ、なんて考えながら、こんな夜中に騒いだら、問題になるなぁとかも思いながらね」と苦笑する。結局どうやって、切り抜けたのか。「部屋の電気をつけました。そしたら、(女の人の姿が)消えたんです。それからは、もう嫌だから電気をつけて寝るようにしました。電気をつけているからか、全然熟睡なんかできなかったですけどね」。
当時を振り返りながら紀藤氏は「ちょうど(広島で6月第1金曜日から3日間行われるお祭り)とうかさんの日だった。梅雨時のね。まぁ別に自分に悪さをするわけでもないですし、ただ、横に座ってごめんなさいって感じだったんですけどね」という。「このことは次の日に寮母さんに伝えました。そしたら『あんたも見たんね』って言われましたよ。それで、お祓いしようってことになったんです」と話す。
「お祓いといってもお坊さんが自分に説教するだけですよ。(陰陽師の)安倍晴明みたいな感じじゃないですから。霊媒師とかじゃないですからね」とも付け加えたが、その話が回り回って「紀藤が祈祷師を呼んだ」とダジャレのように言われるようになったわけだ。
その後、紀藤氏は部屋を1階から2階に変えてもらい、そこからは電気を消して寝られるようになったとのことだが、さらにこんなこともあったという。「(1986年ドラフト4位、静岡高出身の)後輩の望月(―投手)も霊感が強かったんですけど、(三篠寮で)俺の部屋に来て『一緒に寝させてください』って言うんですよ。100キロくらいあるあんなデカい体して『怖いから』って。『嘘だろ、モチ』ってね」。
望月は1993年に7勝を挙げるなど、先発でも中継ぎでも活躍。ダイエーを経て1997年限りで現役を引退し、その後、理学療法士の資格をとり、広島、ロッテでトレーナーも務めたが、2020年に病気のため52歳で亡くなった。「自分の部屋は6畳くらいだったんですけど、ソファーを置いているから6畳もないんです。そこで自分の後ろにモチが寝ていたんですよ。『勘弁しろよ、お前』なんて言ってね」と紀藤氏も寂しそうにつぶやいた。
三篠寮と三篠練習場は2011年に解体された。そこは紀藤氏にとってもカープの主力に成長していく上での鍛錬の場でもあり、思い出は山ほどあるが、髪の長い女性の幽霊との遭遇は、なんといっても衝撃的。「そりゃあもう、心臓が飛び出るかと思ったくらいでしたからね」。やはり何よりもインパクトが強かったようだ。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)