元DeNAのドラ1でオリックスでもプレーした白崎浩之氏は、独立リーグ・九州アジアリーグの大分B-リングスで選手兼コーチとしての2年間を終えると引退した。現役最後の打席では新庄剛志氏(現日本ハム監督)から譲り受けたバットで左前適時打をマーク。「野球を好きで終われました」と振り返った。
2020年オフにオリックスを戦力外となり、トライアウトを経て入団した大分B-リングス。初年度を終えた2021年オフには家族と相談し、2022年限りでの引退をイメージしていた。「子どもも小さかったので、この先どうしようかと考えたとき、一緒にいることがいいなと思いました。だから、もう1年だけやって引退しようかなと」。
2020年9月に母が死去。一時はこのシーズンでの引退も頭をよぎっていたのだが、この年はオリックスで3試合しか出場機会がなかったこともあり、ユニホームを着ている姿を見守ってもらうために現役続行を選んだ。新設された大分B-リングスに入団後、プレー以外でもNPB経験者としての知見や経験を若手に伝えるなど、できる限りに貢献した。
「家族と相談したあと、お母さんのお墓参りにも行って『今年で辞めます』と伝えて区切りをつけました」
迎えた2022年シーズンのラスト、9月25日の火の国サラマンダーズ(熊本)戦が“引退試合”となった。得点圏に走者を置いて迎えた第3打席、白崎氏は新庄氏からもらったバットを手にした。
「僕がトライアウトを受けたとき、新庄さんも参加していたんです。事前に共通の知人を通じて『新庄さんが友達いないからキャッチボールしてって言ってるよ』と連絡を受けたんです。トライアウトが終わったあとには新庄さんがバットをくださいました。『使っていいよ』と。『さすがに使えないですよ』と答えましたけど、最後に使おうと思っていました」
現役最後のスイングは“新庄バット”で左前へタイムリー。「折れないでよかったですよ。これで折れていたら、俺、野球嫌いになっちゃうわ、と思っていたので(笑)」。北海道岩見沢市出身で、2004年の日本ハムの本拠地札幌移転と新庄入団に憧れを抱いたのがプロ野球を夢見る原点だった。
「トライアウトでは“この人と野球できるのか!?”ってすごく嬉しかったです。キャッチボールでは1球目から『バコーン!』とすごい球。あとで聞いたら朝5時から動いていたらしくて“やっぱ、すげえな”と思いました」
駒大からドラフト1位でDeNAに入団。NPBでの8年間は413試合の出場で打率.220、16本塁打、52打点に終わった。「ドラフト1位とかだったら、球団がもしかしたらポストを残すとか、引退試合セレモニーとかあったかもしれないですが、僕らしい終わり方だったのかなと思います。新庄さんのバットで最後にヒットを打てましたし、野球を好きで終われました」。
2023年からライオンズアカデミーのコーチを務め、2026年からは球団のパフォーマンスアナリストに就いた。選手のプレーの質向上に寄与する数値やデータを分析する。「自分なりに分かりやすく伝えて、結果に結び付いたらいいなと思っています」。新たなキャリアをスタートさせ、若手の多いチームで自身も成長していく。(湯浅大 / Dai Yuasa)