約7万人が詰めかけたアトランタのスタジアム。パリ・サン=ジェルマンとバイエルン・ミュンヘンのクラブワールドカップ準々決勝の終盤。1点を守るPSGにとって、ウィリアン・パチョとリュカ・エルナンデスの退場は重く、数的不利の中でバイエルンが猛攻を仕掛けていた。時計の針が無情に進む中、誰もが“劇的な同点弾”の可能性を感じていた――あの瞬間までは。
後半アディショナルタイム5分。バイエルンの選手が前線に殺到するなか、右サイド深くでアクラフ・ハキミが囲まれた。タッチライン際、赤いユニフォームに囲まれたハキミに、時間を稼ぐという“常識的な選択肢”は存在しなかった。相手は、ハリー・ケイン。だが、ハキミは顔を下げ、ギアを入れた。3人の猛者を一気に置き去りにし、華麗にピッチを切り裂くその姿は、まさに詩的だった。
そして、芸術の次は冷静な実行。ライマーとグナブリーが迫る中、彼は迷うことなくボールを中央へ供給する。そこにいたのは、ウスマン・デンベレ。右足一閃、ネットを突き刺す一撃で、バイエルンの希望を完全に打ち砕いた。
「1人かわして顔を上げたとき、デンベレが見えた。彼なら決めてくれると思っていたよ」と、試合後に語ったハキミ。あの一瞬。タッチラインから始まったその疾走は、スコア以上に意味を持つ“締めくくり”だった。戦術でも、数の論理でもない。一人の決断と信頼が、この試合を終わらせたのだった。
多才なモロッコ代表DFアクラフ・ハキミは、欧州王者パリ・サン=ジェルマンの中でも際立つ存在となっている。クラブワールドカップという世界の大舞台で、チームはあと2勝すれば「欧州制覇から世界制覇へ」という偉業を成し遂げるところまで来た。右サイドバックとして出場しているハキミだが、ルイス・エンリケ監督の流動的なシステムの中では、ピッチ全体にその存在感を放っている。
守備においては献身的な姿勢を貫きながらも、真価を発揮するのは攻撃の局面だ。PSGのポジションローテーションによって生まれるスペースに飛び込み、内側でも、タッチライン際でも、あるいは最前線でも躍動する。彼はウイングにも、フルバックにも、ウイングバックにも、時にはフィニッシャーにも姿を変える。ゴール前に忍び込む影のような存在。それが今のハキミであり、PSG攻撃陣のダイナミズムを象徴する選手である。
この戦術的柔軟性は、ルイス・エンリケ監督のシステムにさらなる深みをもたらしている。「今日は、ハキミが本来のポジションにより近い位置でプレーしていた」とエンリケは試合後に語った。
「相手の強度あるプレスもあって、他のエリアに流れる余裕がなかった。ただ、我々は攻撃において可能な限り多くのスペースを使うことを重視していて、流動性は最大の武器のひとつだ。その点で、ハキミはこの役割を完璧に理解している」
ハキミ自身も、FIFAのインタビューでこう語っている。
「監督は僕に大きな自由を与えてくれる。それがすごく合っているんだ。彼のおかげで、自分でも想像できなかったレベルのプレーができるようになった。本当に大きな違いを生んでくれているよ」
その言葉通り、2024-25シーズンのハキミは、攻撃面で目覚ましい活躍を見せている。2024-25シーズンだけで、11ゴール15アシストを記録。サイドバックとは思えないほどの数字であり、世界最高レベルの攻撃的SBであることを証明し続けている。
ハキミは、FIFAワールドカップ・カタール2022でモロッコ代表の歴史的ベスト4進出に大きく貢献した選手としても知られるが、実はペナルティエリア内の感覚にも長けている。
「子どもの頃はストライカーだったんだ」と本人は語る。
「そのときに身につけた感覚って、忘れないものさ。ボックスの中にいると、“感じる”んだよ。ゴールの匂いがしてくる。それを楽しみたいんだ」
世界屈指のサイドバックと認識されるようになる前、ハキミはスペインのクラブ、コロニア・オフィヘビのユースチームでFWとしてプレーしており、レアル・マドリードの下部組織入りした当初も前線の選手だった。攻守両面で貢献するだけでなく、今季は若返りを果たしたPSGにおいて、精神的支柱のひとりとしても存在感を示している。
「今季は、チームとして厳しい時間も経験してきた」とハキミは明かす。
「でも、そういうときこそ、僕らの団結力やキャラクターが表れる。今日の試合でも2点目を決められたし、“この大会にとどまりたい”“優勝候補として戦っている”という強い意志を示せたと思う」