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成長を続けるジョン・アリアス、クラブW杯での活躍を経て欧州初挑戦

FIFA
  • FIFAクラブワールドカップでフルミネンセの躍進を助けたコロンビア代表
  • 初の欧州挑戦となる新天地はプレミアリーグのウォルヴァーハンプトン
  • 過去に指導した監督らの言葉とともにキャリアの軌跡を振り返る

FIFAクラブワールドカップ2025は、ジョン・アリアスのキャリアにとって新たな最高到達点となった。しかし、28歳になろうとしているこのコロンビア人にとって何も目新しいことではない。単に有望視されていた選手が世界のサッカー界でスターになったというだけでなく、アリアスの成功は揺るぎない完璧主義によって積み上げられてきたものだ。ひとつひとつのシーズンが、前のシーズン以上に輝いている。

フルミネンセで歩んだ道もその証だった。アメリカでの大会では、6試合を戦って3度のミケロブ・ウルトラ ベストプレイヤー賞を受賞。過去2年間の欧州準王者であるボルシア・ドルトムント、FCインテル・ミラノとの2試合も含まれていた。

アリアスはブラジルから大会に出場した4チームの中で最も際立っていた選手だった。ブラジル国内でのパフォーマンスと、トップレベルのクラブを相手に見せた圧倒的活躍により、彼はウォルヴァーハンプトンへの移籍が決定。遅ればせながら欧州サッカーに乗り込み、彼個人としての夢が実現されることにもなった。

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トリコロールのサポーターから「コロンビアのペレ」として親しまれるアリアスは、クラブで通算229試合に出場して47得点55アシストを記録。彼がフルミネンセに在籍した期間中に最も長く指揮を執っていた監督は、ライバルクラブであるヴァスコ・ダ・ガマを現在率いているフェルナンド・ジニスだった。

「私が就任したとき、アリアスは大きな才能を秘めた選手であり、彼の能力は徐々に知られつつあった」。ジニスは2024年のインタビューでそう振り返った。「彼は人間的に素晴らしく、人生に対する強い感受性を持ち、非常に知的で賢明だ。チームを活気づける助けになってくれる。並外れた選手であり、常に向上を続けており、世界を自分のものにできる力をすべて備えている」

アリアスは独特な選手であり、自信を持って陽気にプレーし、幸福に生きている。ジニスの指揮下で、2023年11月にはCONMEBOLリベルタドーレス優勝を飾った。この大会でもアリアスは際立った活躍を見せたが、南米王者のタイトルを掲げる主役となったのは、ゴールを量産したチームメイトのアルゼンチン人FWヘルマン・カノだった。当時のチームで同じくキープレイヤーの一人だったMFアンドレは、アリアスとウォルヴァーハンプトンの同僚として再会することになる。

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マラカナンでボカ・ジュニアーズを下したリベルタドーレス決勝後に優勝を祝った場面では、ひとつの感動的なシーンが目を引いた。ピッチ上に残った彼はクラブの心理学者エミリー・ゴンサウヴェスを抱擁し、「今の自分があるのはあなたのおかげだ」と告げた。メンタルヘルスの専門家である彼女は、アリアスを育てた祖母が亡くなった際に彼を助けた。訃報が届いたのは2021年8月、彼がフルミネンセに加入してわずか1カ月後のことだった。コロンビアのキブドで行われた葬儀に向かったアリアスは悲しみに沈み、ブラジルに戻らないことも考えていた。

「彼はとても傷つき、心が弱くなっていた。彼自身、引退を考えていたとも明かしている。しかし、まさにその祖母の遺してくれた大事なものを我々は頼りにすることができた。そして彼は続けていかなければならないと理解した。彼と祖母との間にあったすべての力、すべてのサポート、すべての物語のおかげだった。乗り越えることができた」。ドキュメンタリー『毎日が11月4日』の中で、エミリー・ゴンサウヴェスはそう語った。翌月には、決勝でマンチェスター・シティに敗れながらも、アリアスはFIFAインターコンチネンタルカップのブロンズボールに輝いた。

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ブラジルサッカーに特有の浮き沈みを経験するなか、フルミネンセは2024年が悲劇的な年となるのを避けるためジョン・アリアスの力を必要とした。レコパ・スダメリカーナでLDUから2ゴールを挙げた彼は、年末にかけてはまったく別の戦いを強いられたが、クラブを降格から救う奮闘を見せた。26試合で7ゴール3アシストを記録し、特に終盤戦のパフォーマンスは際立っていた。

ウォルヴァーハンプトンでは、コロンビア代表のチームメイトであるジェルソン・モスケラとも共闘することになる。アリアスが代表初招集を受けたのはフルミネンセ加入後、コロンビアが出場を逃したFIFAワールドカップ カタール2022の直前だった。現在では31キャップを重ねて3得点5アシストを記録しており、8月にはFIFAワールドカップ26出場を確定できるチャンスがある。

代表チームのレギュラーとしてプレーする彼の現状は、メキシコへ渡りながらもプロとしてプレーすることもなかったキャリア初期とは大きく変わっている。コロンビア帰国後に前進を遂げ、パトリオタス、アメリカ・デ・カリでのプレーを経てインデペンディエンテ・サンタフェへ。ここで、2021年リベルタドーレスのグループステージで二度対戦したフルミネンセからの関心を引き付けることになった。

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コロンビアサッカーのトップレベルで戦い始めたのはパトリオタスであり、そこから国内のさらに重要なクラブへと移ることになった。当時の監督であるディエゴ・コレドールの話は、アリアスの持つ成長できる力を象徴している。監督は2018年に彼をコロンビア2部リーグのジャネロスへと送り、プレースタイルを変えるよう助言を与えた。

「ジョン・アリアスは古典的10番のような、ボールを持つ昔ながらのミッドフィルダーだった。私は彼に、サッカーは変わりつつあると伝えた。習慣を変え、(攻守に)動く選手にならなければ成功するのは難しいだろうと。監督たちはもう別のことを求めていたからだ。パトリオタスにいた彼を2部リーグに送った」。コレドールは2023年にコロンビアのウィン・スポーツTVによるインタビューでそう語った。

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そこからコレドールはテレビでアリアスを追い始めた。ある時両者は空港で出会うことがあり、コレドールはアリアスに対して改めて古典的10番のようにプレーするのをやめるよう説いたという。

「(ジャネロスの)監督と話をして、彼をサイドに移すように言った。マークを学ぶ助けにもなるからだ。そうなり始めたのを見て、パトリオタスに連れ戻した。サイドでプレーするようになり、それからアメリカ(・デ・カリ)が彼を引き抜いた。続いてサンタフェへ。今のジョン・アリアスはサイドでプレーしているが、インサイドハーフでもある。そしてコロンビア代表のレギュラーだ」

コレドールも、ジニスも、エミリー・ゴンサウヴェスも、彼の選手としての形成に携わった全員が、決して成長することをやめないアリアスの今後の展開を追い続けていることだろう。