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【インタビュー】バロテッリが語るイタリア代表やインテルでの思い出「バンディエラになることが目標だった」 | セリエA

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mario-balotelli (C)Getty Images

今シーズン、トルコのアダナ・デミルスポルで新たなユニフォームに袖を通し、新たな冒険に挑むマリオ・バロテッリ。貴重なトルコでのキャリアにおいて、イタリア人指揮官のヴィンチェンツォ・モンテッラの下、公式戦27試合に出場、12ゴール6アシストをマークし、印象的な活躍を見せている。

そんな中、『ダゾーン・イタリア』の取材陣がトルコにいるバロテッリを訪問。31歳の元イタリア代表FWは、自身の現在・過去・未来を語ってくれた。バロテッリはこれまでのキャリアを振り返り、クラブチームでは充実感を得たことを明かしつつ、イタリア代表の一員としてタイトルを獲得できなかったことを悔やんだ。

「自分のこれまでの成績はうれしく思っている。クラブチームでは、あらゆるタイトルを手にしてきた。あと足りないのは代表チームでのタイトルだけだ。俺が唯一、本当にやり残したと感じることかもしれない。だが、まだチャンスが残されていると信じたい」

Balotelli

アッズーリへのエールと代表での思い出

2018年9月のポーランド戦以降、長らくイタリア代表から遠ざかっていたバロテッリ。しかし今年1月に行われたトレーニングキャンプにおいて、3年半ぶりにアッズーリへ復帰を果たした。25日(日本時間)から行われる2022年FIFAワールドカップ(W杯)欧州予選プレーオフのメンバーからは外れたが、恩師ロベルト・マンチーニ率いるイタリアの躍進を願っている。

「アッズーリ復帰は感動的だったし、うれしかった。試合はなく、合宿のみであったとは言え、招集は予想していなかったので本当に感動したよ。もちろんイタリアにはW杯に出場して欲しい。W杯優勝? その前に1つずつステップをこなしていかなければならない」

パスCのイタリアは、まず準決勝で北マケドニアと対戦。決勝へ勝ち進むことができれば、30日にポルトガル対トルコの勝者と1つの出場枠を懸けて戦うことになる。

「バールへ行くと、みんながポルトガルとの対戦について話をしている。だがその前に北マケドニア戦がある。データ上は、イタリアの方が強いかもしれないが、過小評価してはならないと思っている。それはトルコについても言える。W杯の話をする前に、こうしたことを考えるべきだろう」

チェーザレ・プランデッリ指揮下の2010年8月、コートジボワール戦で代表デビューを飾ったバロテッリ。自身の代表でのキャリアを振り返り、思い出の瞬間にEURO2012を挙げた。

「最も感動的だったのは間違いなくEURO2012だろう。あの時の感動は代表デビューよりも上回る。ドイツ戦のゴールセレブレーション? あの頃は今よりフィジカルが少し細かった。今は太ってはいないが、体が大きくなった。あともう少し体重を落とせば、完璧なベストコンディションになると思う」

恩師のマンチーニとプランデッリ

さらにバロテッリは、まだ若手だった頃、インテルやマンチェスター・シティで師事したマンチーニや、イタリア代表で指導を受けたプランデッリに言及した。

「マンチーニは、俺のキャリアの中で一番親しい指揮官だ。インテルでデビューさせてくれたのが彼だった。あの時は確か、(ズラタン)イブラヒモヴィッチの状態が良くなく、アドリアーノも波があった。それでも(エルナン)クレスポや(フリオ)クルスというワールドクラスの最強FWがいたのだが、マンチーニは勇気を出して俺を起用してくれたんだ。他の指揮官だったら、僕を起用しなかったかもしれない」

「プランデッリとも非常にやりやすかった。俺に対して寛容であると同時に厳格だった。特にEURO2012の時の居心地は良かったよ。監督もそうだし、チーム全体が良かった。ケンカをしたとかいろいろ言われたが、事実ではない。俺は誰ともケンカしていない。監督とはお互いにリスペクトし合っていて、何か言うべきことがあれば、直接話をしてくれたし、良い関係を築いていたんだ」

Balotelli

インテル会長から手渡された証

続いてバロテッリは、下部組織時代から2010年まで過ごしたインテルに言及。2010年4月のUEFAチャンピオンズリーグ準決勝バルセロナ戦でユニフォームを地面に叩きつけた時のエピソードなどを振り返った。

「サポーターの一部が俺のことを嫌っていたが、今なら理解できる。俺はインテルのために尽くしたが、過ちも犯したんだ。ユニフォームの一件とか、ミランへ移籍したこととか。人種差別的な発言はダメだが、批判したい気持ちは理解できる。消しゴムで消せるなら消したい思い出だ」

「あれは俺のインテルサポーターへの思いが強すぎたんだ。あの試合、俺は良い感じで試合に入れたつもりだった。それなのに緊張からか、パスに失敗してしまった。ファーストタッチのミスで抗議の口笛を吹かれたのは、初めてのことだった。それで悪く受け止めてしまったんだ」

「もしインテルのバンディエラになることができていたら、素晴らしかっただろう。インテルに入団した時、(当時のマッシモ)モラッティ会長からは、『好きなだけインテルにいていい』と言われていた。もちろん全力を尽くさなければならなかったとは思うが、バンディエラになることがモラッティと一緒に立てた目標だった」

「モラッティは唯一無二の素晴らしい人物だよ。ある日、俺に金貨をプレゼントしてくれたんだ。今でも持っている。だがあの時、俺はまだ若くて、なぜ金貨をくれたのか理解できなかった。『これは非常に大切なんだ。君にはクオリティがある。私は信じている』と言われたが、正直、話の意味が分からなかった」

「そこでその金貨をマルコ・マテラッツィに見せたんだ。そうしたら『よく聞け。これは会長が怪物ロナウドや(アルバロ)レコバ、アドリアーノとイブラにプレゼントした物なんだ。この4人しかもらっていない物なんだよ。それをお前に与えたということに意味がある』と言われて、ようやく理解した。この話を明かしたのはこれが初めてだよ」

現役引退後はスカウトに?

だが今後、再びセリエAを舞台に活躍するバロテッリの姿を見ることはないのかもしれない。

「イタリアのクラブチームでプレーするのは難しいだろう。カルチョ自体が難しいというわけではないが、イタリアでプレーするのは難しいと思っている。ナポリ移籍? 俺だけで決められるなら、10年前からナポリでプレーしていただろうね。俺はナポリが大好きなんだ。(代理人の)ミーノ(ライオラ)にも『ナポリでプレーしたい』と何度も言ってきた」

「ナポリで娘が生まれてからは、『ナポリでプレーできたら夢のようだ』と思っていたよ。娘から初めて『パパ』と呼ばれた時は感動した。子どもを持ち、父になった時も感動するが、初めて『パパ』と呼ばれた時はもっと感動したように思う」

最後にバロテッリは、現役引退後のセカンドキャリアについて、自身の考えを明かした。

「才能ある選手の発掘ができたら素晴らしいかもしれない。俺がキャリアで経験してきたことを、良いことも悪いことも若手選手たちに伝えれば、彼らは多くの問題を抱えずに済むかもしれない。それともジャーナリストになろうかな(笑)」

Mario Balotelli, Turchia, Adana Demirspor

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