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【コラム】「亡き祖父はスタジアムにいた」変わる時代、変わらないクラブ…ビルバオに見る強固なるフットボール・クラブ文化 | ラ・リーガ

読了時間 10分
2017-01-15-Copa Del Rey-Bilbao (C)Getty Images

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アイティテの香水

アイティテは1925年6月7日に生を受けた。アイティテ(AITITE)は、バスク語で祖父を意味する。彼の本当の名前を記すこともできるが、そんな必要はない。彼は私のアイティテ。そう理解してくれるだけで十分だろう。

アイティテが子供だったことは、一度としてなかった。それは隠喩でも何でもない。彼は11歳の頃に父なし子となり、5人の年下の兄弟を養うために働かなくてはいけなかった。私の家には、バサウリ市長に昇給を求めた彼のサイン入りの手紙が保管されている。市役所の郵便係の助手として、日当2ぺセタ(スペインの旧通貨)を受け取るだけでは家族を食わせていけなかったためだった。その手紙に記されている日付は1938年2月8日。スペイン内戦が終わる少し前のものだ。

アイティテが老いたことは、一度としてなかった。これも、不幸なことに隠喩でも何でもない。彼は1990年9月、定年を迎えることなく65歳で逝ってしまった。しかし、たとえもっと長生きしていても、定年を迎えることはなかったろう(仕事は習慣であり、簡単に捨て去れるものではない、と彼は言っていた)。リオハ州アロにある彼のワインセラーに、より多くの時間を割いていたとは想像できるが。アイティテは少しずつ仕事の規模を大きくして、子供たち、友人たち、孫たちが自分みたく貧窮に苦しまない環境を用意してくれた。

アイティテが自分の人生を振り返ることはなかった。代わりに私がそうしよう。彼は戦争の真っ只中にいた多くの子供たちと同じく、報いのない努力、困窮、労働、労働、努力、困窮の人生を送った。それでも彼を深い幸せに浸していたものが、持ち得ることの難しかった幼年期の心を与えていたものが一つあった。アトレティック・クラブだ。私はそれがフットボールであったとは言わない。彼が情熱をたぎらせていたのはフットボールではなかったはずだから。アトレティックだった、というのが、この上ない表現であるはずだ。

アイティテのアトレティックに対する情熱を表す思い出は、いくつもある。その一つが、1984年のコパ・デル・レイ決勝だ。家族全員を試合に連れて行った彼の喜びようは、これまで一度も見たことがないものだった。食事の場は、最後にはアトレティックの応援歌を歌うコンサート場となり、子供たちは歌を暗唱していた。スタジアムへと向かために車でアルチャンダ山を越えていくとき、私たちは窓から出したはためく旗のリズムに合わせて、イムノを力の限り大声で叫んだ。

アイティテはあのとき、彼の唯一のアイドルであり、血の繋がった従兄弟でも親友でもある人物について熱を込めて語っていた。この地のあらゆる子供が抱く夢(子供であったためしのないアイティテも含めて)を叶えたその人物の名は、ピル・ガインサ。1938年から1959年までアトレティックでプレーした、ビルバオでは知られた存在である。

アイティテについて、私は彼を忘れていくのがこわかった。自分の人生の長さと相対化すれば、彼との思い出は多くない。その思い出が彼がいなくなった日々の中で埋もれていくことをおそれていたのだ。そのために数年前、アイティテの顔が浮かぶ度によみがえる幸せに満ちた思い出にひかれて、彼が使っていた香水を身に纏うことを心に決めた。

最初の頃には、シャワーを浴びてその香水を振りかける度に、私の精神はアイティテに力強く抱きしめられた思い出へと誘われた。アイティテの首から香っていた匂いが、私のことを肩車していた彼を、大きくて安心感を覚えた彼の存在を思わせたのだった。しかし、その香りを日常的に纏うようになってみると、プルースト的効果は失われていく。思い出は少しずつぼやけていき、ついにはその芳香から何も感じられなくなってしまった。今、この香水は私だけの香水だ。

心を揺るがした背中

2010-09-25-Bilbao-San Mames

私はアイティテのことを忘れることがこわかった。同様に、彼との思い出に背くことにも恐怖を抱いていた。彼が夢見ていたであろう私とは違う私になること、彼が望まない道を選ぶような私になることを……。だがしかし、そうした不安はかき消えることになった。それは、ある一つの出来事のおかげ。夢のような出来事が生まれるアトレティック・クラブのスタジアム、サン・マメスのおかげだった。

あれは2009-10シーズンのこと。私は妻とともにスタジアムへと向かっていた。何の変哲もない、日曜日。妻は間もなく生まれる長男のオイアンを身籠っていて、私たちは毎夜、どんな子供に育ってほしいかを語り合っていたものだ。あの日曜の午後、私たちは赤白の雑踏にくらくらしながら、早歩きで時間通りスタジアムに着こうとしていた。そうしてミゲル・アンヘルというバルを通り過ぎるとき、私の頭にアイティテとの一つの思い出が浮かび上がった。そのバルで彼が友人たちに、まだ幼い私のことをアトレティックの未来の9番と紹介して、その言葉に誇らしさと気恥ずかしさを同時に感じていたことを……。魔法が生まれたのは、そこだった。

早足で突き進む私たちの正面にいた人々がいなくなり、いきなり前が開けると、こんな光景が目に入ってきた。ある男性が6歳くらいの子供を肩車して歩いている。二人ともアトレティックのユニフォームを着ていて、顔は見えなかったものの、彼らの背中は間違いなく私に話しかけていた。子供の背番号は8で、名前はありふれたもの。その子を肩車していた男性の背番号は、完璧な選手のための完璧な番号である10だった。そしてその背番号の上、アーチ状に記されていた大文字だけの言葉は……、アイティテだった。

その光景に、自分の心が大きく揺さぶられたことを告白しなければならない。私の中で、何かが氷解していった。アイティテ、もういないことが寂しくて、寂しくてしょうがなかった私のアイティテは、毎週日曜、サン・マメスにいたのだ。様々な形で、そこにいたのである。

孫をスタジアムに連れていく祖父母(もちろん父親と母親も!)は、ピル、イリバル、パニソ、アルゴイティア、コルド・アギーレ、ダニ、デ・アンドレス、ララサバル、チェチュ・ロホ、ゲレーロ、フィデル・ウリアルテ、サラ、ウルティア、アルゴテ、ソラ、ゴロスティサ、イリオンドらの偉業を誇らしげに語り、孫はその崇拝心を感じ取る。この私がそうだったように……。だからこそ、時代錯誤とみなされることをおそれずに断言したい。私がまだ生まれていなかった1969-70シーズンのラ・リーガ優勝も1973年のコパ優勝も、“私たち”が勝ち取った。そして今日行われている試合も、私の、あなたのアイティテが勝ったか負けたか、ということなのだ。勝つのも負けるのも、“私たち”なのだから。

アトレティックは永遠に

2020-02-06-CopaDelRey-Bilbao

それがアトレティック・クラブの本当の偉大さである。長い年月によって築き上げられたアイデンティティーはそれだけ強固であり、死をも含めて、私たちの間に横たわる距離というものを超越していく。大袈裟と思うかもしれないが、そこまででもない。私が愛してやまない二人、自分の祖父と息子に共通するものがあるのかを考えてみてほしい。アイティテは1925年に生まれ、戦争、戦後、独裁政治も経験した。パソコンや携帯電話に触れたことなどなかった。一方で私の息子は2010年、グローバルな世界に生を受けたのだ。

1925年のアトレティックは今とはずいぶんと様子が異なるだろうが、しかし同じクラブであり続けている。一人の人間がどんなに変わろうとも、同じ人間であり続けるように。

あの日曜の午後に見た眼福の光景から、私はもっと幸せな男となった。アイティテがいないことを寂しく思う気持ちは変わらない。が、私は15日おきに通っているサン・マメスで、彼と一緒にいる。周囲を見渡して、目に映る赤白の幸せな顔つきから、彼の笑顔を見つけ出すのだ。アトレティックの人間になること、それは喜び以外の何物でもない。

バルセロナとのコパ決勝が近づくに連れて、私はアイティテのことを今一度、強く、強く思い出している。アトレティックは、私の傷を癒してくれたのだと思う。まだ痛みはあるが、少なくとも、もう血は流れていない。アイティテのおかげで、私は子供でいられた。アイティテ(彼と同じく40年にわたる独裁政権の中、屈辱の日々に苦しみ、より良い国を遺してくれた人たちも含め)のおかげで、私は老いることができる。生き延びるために、心を裂く必要はなかったのだから。私はこれから老いていく。が、決して変わらないものがある。アトレティックはそこにあり続け、私たちはサン・マメスに通い続けるのだ。サン・マメスはなくなり、新しいスタジアムができ上がったが、その名前だってサン・マメスなのである。

私はいつの日か孫に恵まれ、お揃いの赤白のユニフォームを着たその子を肩車して、サン・マメスに通うことになるはず。そして、その日が訪れるとき、私の、今は私だけの香水は、彼にとってアイティテの香水となるのだ。

2020-01-19-La Liga-Bilbao

文/ ガルデル・レゲーラ (Galder Reguera)

1975年生まれ。ビルバオ出身の作家。同地のデウスト大学で哲学を学んで以降、アトレティック・クラブの本質を広域的かつ哲学的に探る。2009年からはアトレティック・クラブ財団の事業責任者も務める。

翻訳= 江間慎一郎

1983年生まれ。東京出身。携帯サッカーサイトの編集職を務めた後にフリーのサッカージャーナリスト・翻訳家となり、スペインのマドリードを拠点に活動する。 寄稿する媒体は「GOAL」「フットボール批評」「フットボールチャンネル」「スポニチ」「Number」など。文学的アプローチを特徴とする独創性が際立つ記事を執筆、翻訳している。

コパ・デル・レイ 日程

決勝

開催日 キックオフ
(日本時間)
試合
4/18(日) 4:30 ビルバオ vs バルセロナ

ラ・リーガ日程

第33節

開催日 キックオフ
(日本時間)
試合
4/18(日) 21:00 オサスナ vs エルチェ
4/18(日) 21:00 ソシエダ vs セビージャ
4/18(日) 23:15 アラベス vs ウエスカ
4/18(日) 23:15 アトレティコ vs エイバル
4/19(月) 1:30 ベティス vs バレンシア
4/19(月) 1:30 カディス vs セルタ
4/19(月) 4:00 ヘタフェ vs レアル・マドリード
4/19(月) 4:00 レバンテ vs ビジャレアル
4/28(水) 未定 ビルバオ vs バジャドリード
4/28(水) 未定 バルセロナ vs グラナダ

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