FIFAクラブワールドカップ2025の幕が開いた。熱戦はおよそ1カ月にわたって続く。
フォーマットが一新され、「世界各地の32クラブが出場」「開催期間は約1カ月」と過去最大規模で行われるこの大会は、DAZNによって全試合が無料ライブ配信される。日本のサッカーファンにとっても、「開催地アメリカとの時差」さえ除けば観戦へのハードルは低い。
そんな今大会に、欧州の強豪クラブたちはどんな思いをもって臨むのか。各クラブに精通するライター陣が綴る。
取材・文=江間慎一郎(スペイン在住ジャーナリスト)
アトレティコ・デ・マドリーのスタッフ、トマス・カルボが5月限りでクラブを後にした。体調などを考慮しての、62歳での早期退職だ。
スペインのスポーツ紙『マルカ』の記者だったトマスは、2002年から心のクラブであるアトレティコに勤め始めた。主な仕事はメディアの取材申請の管理と、クラブ公式HPの記事作成である。試合日、スタジアムのメディア通用口で、彼は記者やカメラマンを出迎えて取材証を手渡していった。穏やかな顔つきで「今日はキックオフ直前の到着か。日本人のくせしてスペイン人みたいにルーズになったな」といった冗談を飛ばし、みんなを笑顔にして……。
そして試合が終われば、トマスはメディアセンターであわただしく働いていた(ここではメディアの相談役として立ち回りつつ、会見場のマイクチェックなども行っていた)。そんな彼に話しかけると、いつも決まって口にする言葉があった。
アトレティコが勝ったときには、「パルティード・ア・パルティード」(1試合ずつ戦っていく)
負けたときには、「シエンプレ・アイ・ケ・クレール」(いつだって信じなくてはならない)
その2つの言葉はもちろん、ディエゴ・シメオネのものである。一見すればあまりにシンプルで、表面的かつ陳腐にすら感じるが、しかしアトレティコの人間にとっては、とても大切な言葉なのである。クラブ、そしてサポーターのアイデンティティそのもの、と言ってもいい。2011年末にシメオネが指揮官として帰還してから、これまでの13年半の間、彼らはその2つの言葉を実感して生きてきた。自分たちの人生に反映してきたのだ。
(C)Getty Images
残留争いをしていたと思ったら優勝争いをして、優勝争いをしていたと思ったら残留争いをして、優勝を争える力を持っていると思ったら10位でシーズンを終える。大事な一戦では拍子抜けするくらいにあっさり負ける……。ひと昔前のアトレティコは、とにかく浮き沈みの激しいチームだったが、シメオネが監督となってから顔つきを変えている。アトレティコはアルゼンチン人指揮官就任以降、2回のラ・リーガ優勝、2回のUEFAヨーロッパリーグ優勝、2回のUEFAスーパーカップ優勝、コパ・デル・レイ優勝、スペイン・スーパーカップ優勝と合計8つのタイトルを獲得し、さらにUEFAチャンピオンズリーグ(CL)では2回の決勝進出を達成。そして特筆すべきは、大崩れすることなく、安定して好成績を収め続けていることだ。
シメオネが「パルティード・ア・パルティード」という一戦必勝の哲学を何百回も口にしながら、テクニカルエリアで無尽蔵の情熱をほとばしらせていることには、本当に大きな価値がある。彼のアトレティコは毎シーズン、ラ・リーガで必ずCL出場圏の4位以内に入り、クラブの財政的成長を促してきたのだから。
シメオネが監督に就任した頃、アトレティコの年間予算は1億2000万ユーロで、レアル・マドリード&バルセロナは4~5億ユーロと何倍もの差をつけられていた。しかし12シーズン連続のCL出場によってアトレティコは約9億ユーロの収入を手にし、クラブの年間予算は4億5000万ユーロ近くまで増えた。マドリーとバルセロナの予算は8~10億ユーロと、いまだ2倍近くの差があるものの、それでも1試合ずつ、1シーズンずつ確実に2強に近づいている。今夏のFIFAクラブワールドカップに出場できるのも、その安定性の賜物と言えるだろう。今大会から32チームで争われるが、欧州の出場枠は12で、1カ国2クラブまで参加可能だ。その2クラブは過去4年間のCLの成績で決まり、財政難に苦しむバルセロナが2シーズン連続でグループステージで敗退した影響もあって、アトレティコはマドリーとともに参加権を勝ち取ったのだった。
(C)Getty Images
資金力を増やしていくアトレティコは、チーム力でも2強に迫ろうとしている。大きな転機を感じさせたのは昨夏の移籍市場だ。マンチェスター・シティから移籍金7500万ユーロでフリアン・アルバレス、レアル・ソシエダから3450万ユーロでロビン・ル・ノルマン、ビジャレアルから3200万ユーロでアレクサンデル・スルロット、チェルシーから4200万ユーロでコナー・ギャラガーを獲得して、選手層は一気に厚くなった。FWに限ってもアルバレスとアントワーヌ・グリーズマンが先発し、その後にスルロット、さらにはアンヘル・コレアがスーパーサブで出てくるのは、対戦相手にとってまさに脅威だ。ヘタフェの監督ホセ・ボルダラスは「アトレティコとの試合は実質2チームとの試合を意味している」と嘆息を漏らしていた。
シメオネにとって陣容の充実は、2強に近づくための鍵を握るもののようだ。ここ最近には、5人交代制では何よりも選手層が物を言う、との見解を口にしていた。
「足、足、足が必要だ。私たちは多くの足を必要としている」
「5人交代制の勝者は観戦者であり、激しいゲームをより長い時間見ることができる。そして5人も交代できれば、試合を一気に変えられる。挑戦する余裕が生まれるわけだ。私たちはマドリーとバルサにもっと近づくことができる」
「良質な選手をより多くベンチにそろえることはチームの助けになる。それはマドリーとバルサよりも(自分たちの)助けになるはずだ。彼らが2億ユーロの4選手を擁しているとして、ベンチにも2億ユーロの4選手を置いておけるわけではない。だからこそ、私たちは彼らに近づけるんだよ」
ただ今季のアトレティコは、マドリー&バルセロナと完全に張り合うまでにはいかなかった。ラ・リーガ前半戦を首位で終えるなど、シーズン途中までは順調に歩を進めていたが、コパ・デル・レイ準決勝バルセロナ戦、CL決勝トーナメント1回戦レアル・マドリード戦、ラ・リーガのバルセロナ戦と、2月25日から4月1日までに2強と合計5試合を戦う悪魔的とも言える日程の中で、すべてのタイトル獲得の可能性を失っている。とはいえ今季のアトレティコは選手たちへの手応えも、FIFAクラブW杯や来季に向けた手がかりもつかんでいる。
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アルバレスは加入1シーズン目で54試合29得点7アシストを記録し、エースとしての地位を確立した。全力でプレスを仕掛け、必要とあらば攻撃の組み立てにも参加する献身性は“働き者のチーム”たるアトレティコが求める選手像そのもので、なおかつ確率的に2本の枠内シュートを打てば1ゴールを決められるというシュートのうまさ、驚異的な決定力はフェルナンド・トーレス、ディエゴ・フォルラン、ラダメル・ファルカオ、ジエゴ・コスタ、ルイス・スアレスら、クラブ伝統の名ストライカーの系譜に名を連ねていることを実感させる。アトレティコは今夏から彼を中心としたチームづくりを進めていくというが、“アルバレスこそがアトレティコ”と考えるのは自然な流れだろう。
また、パブロ・バリオスはガビ、コケの系譜を継ぐカンテラーノ(下部組織出身選手)である。インサイドハーフ、アンカー、ボランチと中盤の複数のポジションをこなせ、創造的かつアグレシッブなプレーで攻守にわたって貢献する。そしてアラベスへのレンタル移籍から出戻ったシメオネ三男ジュリアーノは、今季最高のサプライズだった。父親譲りのエネルギッシュさ、闘争心に加えて強烈なスピードを備える彼は、右サイドを縦に駆け抜けて相手の守備陣に大きな風穴を開ける。彼が勝利に導いた試合は決して少なくなく、シメオネの「ジュリアーノは私の息子だが、彼を使わないバカにはなれない」という言葉は大きな正当性を有している。
加えて今季終盤、シメオネは体力的な限界を感じさせた34歳グリーズマンをベンチに置き、スルロット(今季ラ・リーガ20得点。途中出場からは12得点!)をレギュラーに抜擢した。グリーズマン、また後輩バリオスにスタメンの座を譲った33歳コケは、今後は途中出場から流れを変える役割を請け負うことになるだろう。それでもアトレティコの象徴2人は契約延長に合意するなど、高い帰属意識でもってこれまで通りチームに尽くしていく覚悟を固めている。彼らのような存在は、ピッチ内外でポジティブな影響を与えるはずである。
アトレティコはその信奉者も増え続けている。今季、本拠地メトロポリターノ(収容人数7万460人)の年間シート保有者数は歴代最多の6万874人を記録し、7000人が待機リストに名を連ねる。非年間シート保有者も含めたクラブ会員数は15万人と、世界でもトップ10に入る人数だ。そのすべては、シメオネが13年間パルティード・ア・パルティードと唱えながら、1試合ずつ、一歩ずつ歩んできた努力の成果である。
冒頭のトマスも今後はアトレティコのスタッフとしてではなく、年間シート保有者としてスタジアムでチームを応援していくことになる。FIFAクラブW杯もチームには帯同せず、自宅のテレビや近所のバルでその試合を見届ける予定だ。
トマスは言う。「クラブの外にいても中にいても、チョロ(シメオネの愛称)が率いるチームの印象は何ら変わらないさ。チョロが発する情熱やエネルギーは13年前と同じか、もっと強くなっているようにすら感じる。だからこそ私はチョロとアトレティコを信じているんだ。チームのことを応援し続けるんだよ」
「今、私たちは以前には考えられないような場所に立っている。日々の努力で、ここまでやって来たんだ」
距離を超えて、人々の心を震わせるのがシメオネ・アトレティコ。アメリカで開催されるFIFAクラブW杯でも、それは変わらないはずだ。