6月15日に開幕を迎えたFIFAクラブワールドカップ2025。この大会に、欧州の強豪クラブたちはどんな思いをもって臨むのか。
この後、10:00にアル・アインとの初戦を迎えるユヴェントスについて、イタリア在住のジャーナリストが綴る。
文=弓削高志
東京とイタリアは“クラブ世界一決定戦”とユヴェントスで結ばれている。
FIFAクラブワールドカップの前身にあたる「インターコンチネンタルカップ」が東京の国立競技場で開催されるようになったのは1980年からだが、それ以前から同大会では南米のコパ・リベルタドーレス王者の勝利が続いていた。
1985年、UEFAチャンピオンズカップ王者として来日したユヴェントスは、南米代表アルヘンティノス・ジュニオルスと対戦した。名将ジョヴァンニ・トラパットーニに率いられた“老貴婦人”はFWミシェル・プラティニやFWミカエル・ラウドルップらの活躍でPK戦の末に優勝を勝ち取り、9年ぶりに欧州へクラブ世界一の王座を奪還した。
本国イタリアでは時差により深夜帯の生中継が放送されたのち、さらにディレイで同日再放送されたほどこの試合への関心は高かった。幻のゴールを取り消されたプラティニの不貞寝抗議でも有名な一戦だが、あの世界一決定戦はカルチョの国においても歴史的事件だったのだ。
1996年末に来日したUEFAチャンピオンズリーグ王者ユヴェントスはMFジネディーヌ・ジダンやMFディディエ・デシャンらを擁し、最強の名をほしいままにしたスター軍団だった。リーベル・プレート(アルゼンチン)を相手にFWアレッサンドロ・デル・ピエロが華麗なゴールを決めて快勝、極東のファンにあらためて欧州サッカーの魅力を焼きつけた。
トゥドルはチームの一体感を醸成できるか (C)Getty Images
あれから四半世紀以上が過ぎ、2025年の夏、ユヴェントスは一大変革の時を迎えている。GM(ゼネラル・マネージャー)のクリスティアーノ・ジュントーリによる収支改善とチーム強化の2年間は失敗に終わった。ジュントーリは失脚し、後任にはリヴァプールやトッテナムら欧州トップクラブの経営経験を持つ前トゥールーズ会長の切れ者ダミエン・コモッリが就任している。
今季のユヴェントスは迷走した。昨夏、新時代を担わせるべく鳴り物入りで迎え入れた監督チアゴ・モッタは“誇り高く幸福なユーヴェ”を理想に掲げたが、コッパ・イタリアのホーム戦で格下エンポリに敗退するなど国内外のコンペティションで結果を出せず、今年3月に解任。毎試合のように先発イレブンと戦術が変更され、見当違いなポジションを与えられた選手には混乱と不満が残った。年明けから完全に方向性を見失っていたチームに、OBとして最後まで諦めない“ユーヴェ魂”を示し、リーグ最終節で来季のCL出場権を勝ち取ったのが闘将イゴル・トゥドルだった。
現役時代に1998年から2006年にかけて通算8シーズンを過ごしたトゥドルは、「ユーヴェが俺を一人前の男にしてくれた」と公言するほど古巣への忠誠心が篤い。今年の春、「解任されたモッタの後釜に」と声がかかるや否や故郷クロアチアからトリノまで1000km以上の道のりを車で10時間飛ばして駆けつけた。
母国を皮切りにギリシャやトルコ、フランスでの指導経験を持ち、ウディネーゼやヴェローナでは「セリエA残留請負人」の異名をとった。精神論に頼りすぎることなく、持ちうる戦力のポテンシャルを最大限に引き出すのがトゥドルの真骨頂。代表ウィークを経て再集合したユーヴェを初めて挑むFIFAクラブワールドカップで勝ち上がらせるには、チームとして一体になれるかどうかがカギになるだろう。
10番を背負うユルディズにかかる期待は大きい (C)Getty Images
夏の移籍マーケットを見据え、多くの選手たちがそれぞれの思惑と立場で、キャリアの仕切り直しを目論んでいる。
指揮官が今季終盤に重用した3-4-2-1を今大会でも使うなら、中盤の要はイタリア代表MFマヌエル・ロカテッリになるが、大会直前の北中米ワールドカップ予選で負傷したため第1戦への出場が危ぶまれている。大方のユヴェンティーノにとって、1.5列目の若きエース、FWケナン・ユルディズのコンディションは何より気がかりだろう。
主戦FWであるドゥシャン・ヴラホヴィッチは、契約を1年残すばかりで更改延長か放出かで揺れている。北米での活躍次第で彼自身の未来が切り開かれる可能性は十分にある。
昨冬の市場でマンチェスター・シティ移籍が確実視されていたMFアンドレア・カンビアーゾも心機一転の大会としたいはずだ。
前監督の指導と噛み合わず、期待外れに終わったFWトゥーン・コープマイネルスやMFニコ・ゴンサレス、またシーズンを通してケガに泣かされたMFドウグラス・ルイスらにとってもアピールの絶好の機会になるだろう。
7月中旬までの長丁場トーナメントだけに、アヤックスから復帰したDFダニエレ・ルガーニやフェネルバフチェから戻ったMFフィリップ・コスティッチといったレンタルバック組にも注目したい。
かつて欧州最強を謳ったユヴェントスには、トラパットーニやマルチェロ・リッピといった長期政権を築いた名監督がいた。 彼ら“Mr.ユーヴェ”は時代を超越する常勝軍団を作り上げた。
“イタリアの老貴婦人”を率いる重みを理解する現役指導者はそう多くはない。このFIFAクラブワールドカップは、トゥドル監督とユーヴェの新時代にとって貴重な試金石になるだろう。米国入りした指揮官に臆するところはない。
「ここには世界中から選りすぐりのチームが集まっている。だが、我々も参加するためだけに来たのではない」
7月13日の決勝開催地は、東京ではなくニューヨークだ。
大会開幕直前、複数の有力ブックメーカーによる優勝オッズの一番人気はレアル・マドリード(5倍)で、ユヴェントスに賭けると20倍から35倍の高配当だった。Optaの予想によると、ユーヴェの優勝確率はわずか3.6%とされている。
トゥドルは下馬評が低ければ低いほど闘志をたぎらせる男だ。そして、ユーヴェもまた、逆境から頂点へ何度も甦ってきたクラブであることを忘れてはならないだろう。