6月15日に開幕を迎えたFIFAクラブワールドカップ2025。この大会に、欧州の強豪クラブたちはどんな思いをもって臨むのか。
日本時間の明日早朝4:00にアル・ヒラルとの初戦を迎えるレアル・マドリードについて、スペイン在住のジャーナリストが綴る。
文=江間慎一郎
スペイン首都でレアル・マドリードを愛する人に会えば、決まってこんなことを口にする。
「私たちこそが世界最高のクラブなんだ」
マドリスティスタたちにとって、マドリーがオンリー・ワンであると考える理由の一つは、ナンバー・ワンであるという自負なのだ。だからこそ彼らは、32チームが参加する今回のFIFAクラブワールドカップに大きな魅力を感じている。
もちろん、優勝を果たせば最高で1億2500万ユーロ(約176億円)を手にできるのも、抗うことのできない魅力ではある。しかしマドリーが真に惹かれているのは、そうした大金が動くようになった新しいFIFAクラブワールドカップで、「初代王者」となる誇りにほかならない。1956年、自分たちも創設に関わった欧州チャンピオンズカップ/リーグで初代王者に輝き、ここまで最多となる15回の優勝を誇るように、彼らは永遠に足跡が残る“最初の一歩”を踏みたいのだ。
ハイセンらの獲得により守備面にテコ入れ (C)Getty Images
そのマドリーの野心を引き受ける監督は、シャビ・アロンソである。2023-24シーズンにチームをラ・リーガ、CLの二冠に導いたカルロ・アンチェロッティは、今季メジャータイトルを獲得できず、ラ・リーガが終了した段階でクラブを離れてブラジル代表監督に就任。代わりに、2023-24シーズンにレヴァークーゼンをクラブ史上初のブンデスリーガ優勝に導いた43歳のスペイン人指揮官が、就任直後から世界最高の称号を目指すことになった。
「私は全く距離を置くことができないくらいフットボールに首ったけだ。自分でプレーできないから監督業に飛び込んだわけだが、深夜の2時に目を覚まして、いろいろと準備を始めるようになってしまった。ベッドで寝ていると、さまざまなことが頭に浮かんでくるんだよ。そのアイデアのすべてを片づけないことには落ち着けない……。一度、この病が血液中に入ってしまえば、もう取り出すことはできないんだ」
首脳陣は当初、サンティアゴ・ソラーリFD(フットボールダイレクター)を暫定監督としてFIFAクラブワールドカップに臨む考えだったが、仕事……もっと言えばフットボールの虫であるシャビ・アロンソは、同大会からチームを構築し始めることを望んだ。クラブもそれに呼応するように、迅速に補強に動いている。
補強の最重要ポジションは、もともと層が薄かったにもかかわらず、負傷者が続出して目も当てられない惨状に陥ったDFだ。マドリーは5月17日に20歳のスペイン代表センターバック、ディーン・ハイセンを獲得(ボーンマスに支払った5800万ユーロはDFに投じた額ではクラブ歴代最高)。またダニエル・カルバハルが長期離脱中の右サイドバックでは、リヴァプールとの契約が満了となったトレント・アレクサンダー=アーノルドを引き入れている(1000万ユーロ以上を支払い、6月まであった契約を今大会のために解消させた)。
その一方で、左サイドバックのアルバロ・カレーラスはベンフィカとの交渉が難航し、大会開幕までに獲得することはかなわず。またフランコ・マスタントゥオノは移籍金4500万ユーロで獲得を内定させたものの、結局加入するのは18歳となる8月中旬となり、同選手はリーベル・プレートに所属したままFIFAクラブワールドカップに参加することになった。……全員を大会前に加入させられたわけではないが、それでもマドリーは今季の失敗を受け止めて、すぐさまリアクションを見せている。
新監督が見せる新生マドリーはどんな姿か (C)Getty Images
ビセンテ・デル・ボスケ、アンチェロッティ、ジネディーヌ・ジダン……CL優勝を最大の成功とするマドリーだが、歴史的にそれを成し遂げてきた監督のタイプは似通っている。彼らはいずれも、とりわけ攻撃に関しては選手たちに自由を与える、いわゆる個の力を大切にする“選手主義”の指揮官だった。そんな彼らと比べれば、シャビ・アロンソはもう少し“介入主義”寄りの監督と呼べるかもしれない。
デル・ボスケ、アンチェロッティのほか、ラファエル・ベニテス、ジョゼ・モウリーニョ(CLは勝ち取れなかったが、彼の率いた“カウンターのマドリー”がその後の成功の礎となった面は間違いなくある)、ジョゼップ・グアルディオラからも薫陶を受けたシャビ・アロンソは、個の力も大切にしながら規律や全体の連動を重視する。彼のマドリーは、これまでよりチームとしての意思統一がなされたマドリーとなるだろう。
シャビ・アロンソが率いるマドリーは、これまでよりも積極性が際立つチームになるはず。彼の率いたレヴァークーゼンは、ブンデスリーガ優勝シーズンに平均ポゼッション率(62%)と平均パス数(673本)でリーグトップの数字を記録していた。アンチェロッティのマドリーはアタッカーの裁量に任せたトランジションを最大の武器としていたが、シャビ・アロンソのチームは相手陣地でボールをつなぎ、ポジショナルな攻撃を仕掛けていくだろう。加えて、縦に速い攻撃もおそらく失うことはない。シャビ・アロンソのレヴァークーゼンは、サイドを中心として選手たちが縦パスから代わる代わる飛び出し、相手のラインを破っていく攻めも得意としていたからだ。
ただしレヴァークーゼンは、ポゼッションではグラニト・ジャカ、縦に速いサイド攻撃ではフロリアン・ヴィルツと、2つの攻め方においてそれぞれ起点となる選手が存在していた。それを現時点のマドリーに当てはめると、今季限りで退団するルカ・モドリッチくらいしか起点になり得るMFが見当たらないことは、小さからぬ問題となりそうだ。マドリーはそのために今夏ゲームメーカーの獲得も目指している。また今回のFIFAクラブワールドカップ次第でアルダ・ギュレル、ダニ・セバージョスに期待がかけられるかもしれない。
前線からのプレスは欠かせないものに (C)Getty Images
守備の方法も大きく変化させることになるだろう。アンチェロッティはトランジションから攻撃を仕掛けるため、中盤からやや後方で守備ブロックを敷いていたが、シャビ・アロンソはボールを奪われると即座に激しいプレスを仕掛けてそれを奪い返し、波状攻撃を仕掛けることを好む。ブンデス優勝シーズンのレヴァークーゼンは、相手ゴールから40メートルの距離で合計367回のボール奪取を記録(これもリーグトップの数字である)。シャビ・アロンソは安全な位置でボールを奪われること、高い位置でそれを奪い返すことを見越して攻撃を設計している。
もちろん、前線からプレスを仕掛けるとなればヴィニシウス、キリアン・エンバペも走らせなくてはいけない。今季のマドリーが無冠に終わった理由の一つには、エンバペの加入によりギリギリだった攻守のバランスが決壊したことが挙げられる。現代フットボールにおいて、アタッカーが守備に参加することはほとんど義務と言えるが、ヴィニシウス、エンバペと守備に消極的な選手が2人いるのは致命的だ。シャビ・アロンソは、まずヴィニシウスに対して「別にDFのように守ってくれとは言わない。だが前線で継続的にプレスを仕掛けてくれ」と伝えたというが、少なくともパスコースを切ってくれれば、マドリーのチームとしての機能性は飛躍的に向上するだろう。
「今のマドリーに足りないもの? 選手間の適切な距離だと思う。ポジショニングを改善することができれば、私たちはもっと良くなるはずだ。ピッチのどこに位置すべきかを知り、もっと“チーム”にならなくてはいけないんだよ」
「今の時代、攻守の安定を取るのは根本的なこととなる。すべてのプレーフェーズで全員が貢献する必要がある。選手たちとは、もっと一枚岩になるべきだという話をしたよ。そうなれるなら、プレーするのはもっと簡単になるんだ」
これまで、“選手主義”の監督と相性が良いレアル・マドリーを“介入主義”寄りの監督が率いるのは、「大海を枠にはめる」無謀な行為とも言われてきた。ただ一つ言えるのは、シャビ・アロンソが求めていくであろうプレーは、現代フットボールに距離を取られ始めたマドリーの欠点を補うものであるということだ。どちらの主義の名将からも指導を受け、マドリーのことをよく知っている彼ならば、適切なバランス感覚で“現代フットボールにおけるマドリー”を見出すことができるのではないだろうか。
チームとして機能性を手にし、公式戦ここ8試合で12得点と爆発しているエンバペをはじめ、ヴィニシウス、ジュード・ベリンガム、ロドリゴら攻撃のタレントを生かし切る……そうできればマドリーは、再び名実ともに世界最高の存在になれるだろう。
「マドリーにはすさまじいポテンシャルを持つ、ファンタスティックな選手たちがそろっている。それこそ私がここにやって来た理由だ。素晴らしいチームを築き上げられるよう、各選手の最高の力を引き出したいと思う」
「私はファンに誇らしさを感じてほしい。プレーを通じて彼らにエモーションを伝え、『これが私のレアル・マドリーだ』と言ってもらいたいんだよ。観客の心に火をつけられるならば、私たちは誰にも止めることができない。何か素晴らしいことが始まる……私にはそんな予感があるのさ」
「さて、いよいよ真実の時が訪れる。ロックンロールのスタートだ」
シャビ・アロンソとともに歩むマドリーの新章が、自分たちのアイデンティティをそのまま証明するような大会、FIFAクラブワールドカップから幕を開ける。ロックンロールのように激しく、駆け抜ける日々が、今始まるのだ。