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【注目ドライバー】過去2度の王者フェルナンド・アロンソが3年ぶりF1帰還|アルピーヌ|F1

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2021-03-12 Alonso Alpine F1 Formula 1 Getty Images

経歴

1981年、スペイン北部のアストゥーリアス州で生まれたフェルナンド・アロンソは幼少期よりカートに親しみ、12歳当時でスペインのカートジュニア選手権王者に。

ここから順調にステップアップを果たし、スペイン人の元F1ドライバーであるエイドリアン・カンポスの目に留まり、1999年にはユーロ・オープン・モビスター・バイ・ニッサンに参戦。初年度からチャンピオンのタイトルを獲得した。

ミナルディのテストドライバー契約を交わしたかたわら、国際F3000にも参戦し、このときにベネトンの元チーム代表だったフラビオ・ブリアトーレ氏とマネージメント契約を交わしている。

若くしてルノーで2度王者に

2021-01-09 2006 Formula 1 F1 Fernando Alonso

迎えた2001年はミナルディからF1デビューを果たし、開幕戦オーストラリアGPでの19歳217日デビューは当時史上3番目の若さだった。だが当時のミナルディはポテンシャルに欠き、優勝争いに絡むことはできず。それでもアロンソは初年度ノーポイントながら中堅チームに割って入る活躍を見せ、存在感を示した。

2002年はルノーのテストドライバー専任となり、レギュラー参戦は1年空白となる。そして2003年から満を持してルノーのレギュラードライバーに就任した。同シーズンは第2戦マレーシアGPで史上最年少(当時)となる21歳236日でポールポジションを獲得し、決勝では2位フィニッシュ。第13戦ハンガリーGPではポールトゥウィンでF1キャリア初勝利をマークした。これは22歳26日で当時の史上最年少優勝記録だった。アロンソは2003シーズンに1勝を飾り、年間6位でシーズンを終えた。

翌2004年はフェラーリとの力の差が顕著となり、アロンソは優勝を果たすことができず。だが迎えた2005年はルノー・R25のマシンはポテンシャルの高さを証明し、序盤からチャンピオン争いでリード。フェラーリ勢が一転して不振に陥る中、アロンソはシーズン7勝をマークして133ポイントを奪取。自身初のワールドチャンピオンに輝いた。

2006年もルノーの優勢は変わらず、ポイントを積み重ねて同年もシーズン7勝を達成。2年連続でワールドタイトルを手中にした。

そして迎えた2007年、アロンソは故アイルトン・セナへの憧れを抱いていたことから、マクラーレン移籍を決断した。

1年で去った第1期マクラーレン時代

2021-01-09 2007 Formula 1 F1 Fernando Alonso

2007年からマクラーレンに身を投じたアロンソは、第2戦マレーシアGPで早くもマクラーレンで優勝を果たすなど、順風満帆に思われた。だが同僚となった新人のルイス・ハミルトンが自身の立場を脅かすライバル関係となり、シーズンが進むに連れて両者の関係も悪化。

マクラーレンがイギリスのチームということもあり、英国出身のハミルトンに比べて自身が冷遇されているとメディアの前で主張することも。

結果的にこのシーズンは4勝をマーク。ポイント数ではハミルトンと並んだものの、上位入賞回数の関係でアロンソ3位、ハミルトン2位となった。このシーズンのワールドチャンピオンはフェラーリのキミ・ライコネンが初の王者に輝いている。

3年契約でマクラーレンに加入したアロンソだったが、終盤戦ではチーム内での立場も厳しいものとなり、1年での契約解消に合意。そして2008年からは古巣のルノーへと出戻りすることとなった。

2008年はルノーへと戻ったものの、2季前のような競争力はなく、中位争いを余儀なくされる。それでも終盤のシンガポールGP、日本GPでは2連勝を飾り、年間5位でシーズンを終えた。

翌2009年はシンガポールGPで3位表彰台に上がったのがシーズンを通じて唯一の表彰台となった。そして前年の第15戦、シンガポールGPでの勝利が2009年中盤戦に入ってから“クラッシュゲート”疑惑として取りざたされる事態に。

これは同僚ネルソン・ピケJr.がアロンソに有利な状況で意図的にクラッシュしたことにより、セーフティーカー導入を図ったのではないかと疑惑に。チームの指示だったとの疑いが浮上し、ルノー幹部のブリアトーレ氏にはFIAのカテゴリーから追放処分が科された。

アロンソはこの年の10月に2010年からフェラーリへと移籍することを発表した。

名門フェラーリではタイトルに手が届かず

ライコネンと入れ替わる形でフェラーリへ移籍したアロンソ。2010年からはレッドブルが急成長を見せ、アロンソはセバスチャン・ベッテルと激しいタイトル争いを見せるようになる。だが2010年は5勝をマークするもランキング2位。翌年からは1勝(4位)、3勝(2位)、2勝(2位)とタイトルには手が届かず、2014年はメルセデスが急浮上したこともあり、アロンソは未勝利で年間6位に終わった。

アロンソは2014年11月、2015年の1年契約を残しながらもフェラーリから離脱することを公表。程なくして、レッドブルのベッテルが2015年からフェラーリに加入することが明らかになった。

マクラーレンに復帰も大苦戦

2020-05-21 F1 Formula 1 Alonso

2015年からはホンダのパワーユニットを搭載するマクラーレンへと復帰。かつて2007年には不本意な形で去った古巣への出戻りとなったが、当時とはチーム状況は大きく異っていた。

かつてアイルトン・セナ、ゲルハルト・ベルガーを要した1992年以来となるマクラーレン・ホンダの復活だったが、第4期ホンダの序盤は準備不足も相まって、エンジンのポテンシャル、信頼性が上位勢に比べて大きく劣る状況に。

アロンソは2015年、年間11ポイント奪取に留まり、年間17位でシーズンを終えた。これは2001年のミナルディ時代に次いでワースト2位の結果となった。第14戦の日本GPでは、エンジンのパワー不足に不満を抱き「GP2!GP2のエンジンだ」と無線で語ったことから、問題視される一幕もあった。

その後もマクラーレンはホンダとのタッグで不振から抜け出せず、2017年を持ってマクラーレン・ホンダの関係は終了。アロンソも2016年10位、2017年15位と、誰もが認める才能を有しながら、マシンのポテンシャル不足により上位争いへと食い込めない屈辱のシーズンとなった。

一方でアロンソはこの間も他のコンペティションへと積極的に挑んでいた。2017年はインディ・カーにチャレンジ。2018年はル・マン24時間レースで優勝を果たした他、ウェザーテック・スポーツカー選手権やFIA世界耐久選手権にも参戦した。

そんな中、2018年のアロンソはマクラーレン・ルノーの組み合わせでF1に挑むも、50ポイント奪取で年間11位に終わった。このシーズンをもって、F1から去ることに。

F1から去り様々なレース活動へ

2020-07-08 Formula 1 F1 Fernando Alonso

2019年はル・マン24時間レースで2連覇を果たした。2020年にはダカール・ラリーにも参戦。そして世界3大レース(F1モナコGP、ル・マン24時間レース)で一つだけ手にしていないインディ500にも狙いを定めてチャレンジするも、このレースは佐藤琢磨が2度目のインディ500制覇を達成している。

そして2020年はF1界において、開幕前の5月から来季のシート争いが激化。ベッテルがフェラーリから去ることになり、フェラーリにはカルロス・サインツJr.が加入。そしてサインツJr.の穴はダニエル・リカルドが埋めることになり、ルノー(現アルピーヌ)の2021年シートが一つ空く形に。

結果として2020年7月8日、ルノーはアロンソと2年契約を締結したと発表した。ルノーはアルピーヌへと名称を変え、2021年はアロンソ&エステバン・オコンのドライバーズラインナップで挑むことになった。

3季ぶりF1復帰が決まったアロンソは、久しぶりのF1に向けて並々ならぬ意気込みを示している。2020年終盤のヤングドライバーテストにも積極的に参戦。第17戦アブダビGPでのエキシビションでは、2005年のチャンピオンマシンであるルノー・R25を駆り、2020年マシンでの公式セッション、フリー走行1回目に匹敵するタイムでサーキットを周回した。

ルノーは2020年、マクラーレン、レーシング・ポイントとともにコンストラクターズ3番手争いを演じたものの、結果的に5位でシーズンを終えた。アルピーヌとなった2021年は実力者アロンソが加わったことで、再び優勝争いに顔を出すのではないかとの期待も集まっている。

また、アロンソにとっては2季のブランクを感じさせない衰え知らずの走りを見せられるかなど、大きく注目を集める復帰シーズンとなる。2014年以来となる、表彰台に立つ姿を見られるかもしれない。

プロフィール

フェルナンド・アロンソ

2021-03-13 Alonso Alpine F1 Formula 1

1981年7月29日生まれ|スペイン国籍|ミナルディ(2001)、ルノー(2003~2006)、マクラーレン(2007)、ルノー(2008~2009)、フェラーリ(2010~2014)、マクラーレン(2015~2018)、アルピーヌ(2021)

通算成績(2020年終了時点)

  • 出走/312回 
  • 優勝/32回 
  • PP/22回 
  • FL/23回
  • ドライバーズタイトル/2回(2005、2006)
チーム名 勝利数 年間成績
2001年 ミナルディ 0勝 23位
2003年 ルノー 1勝 6位
2004年 ルノー 0勝 4位
2005年 ルノー 7勝 1位
2006年 ルノー 7勝 1位
2007年 マクラーレン 4勝 3位
2008年 ルノー 2勝 5位
2009年 ルノー 0勝 9位
2010年 フェラーリ 5勝 2位
2011年 フェラーリ 1勝 4位
2012年 フェラーリ 3勝 2位
2013年 フェラーリ 2勝 2位
2014年 フェラーリ 0勝 6位
2015年 マクラーレン 0勝 17位
2016年 マクラーレン 0勝 10位
2017年 マクラーレン 0勝 15位
2018年 マクラーレン 0勝 11位

※2019年、2020年はF1での出走なし

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チーム・ドライバー

日程・番組表

  レース フリー走行・予選 決勝
第1戦 バーレーンGP 3月26日(金) ~27日(土) 3月28日(日)
第2戦 エミリア・ロマーニャGP 4月16日(金) ~17日(土) 4月18日(日)
第3戦 ポルトガルGP 4月30日(金) ~5月1日(土) 5月2日(日)
第4戦 スペインGP 5月7日(金) ~ 8日(土) 5月9日(日)
第5戦 モナコGP 5月21日(金) ~22日(土) 5月23日(日)
第6戦 アゼルバイジャンGP 6月4日(金) ~5日(土) 6月6日(日)
第7戦 カナダGP 6月11日(金) ~ 12日(土) 6月13日(日)
第8戦 フランスGP 6月25日(金) ~26日(土) 6月27日(日)
第9戦 オーストリアGP 7月2日(金) ~ 3日(土) 7月4日(日)
第10戦 イギリスGP 7月16日(金) ~ 17日(土) 7月18日(日)
第11戦 ハンガリーGP 7月30日(金) ~31日(土) 8月1日(日)
第12戦 ベルギーGP 8月27日(金) ~28日(土) 8月29日(日)
第13戦 オランダGP 9月3日(金) ~ 4日(土) 9月5日(日)
第14戦 イタリアGP 9月10日(金) ~ 11日(土) 9月12日(日)
第15戦 ロシアGP 9月24日(金) ~25日(土) 9月26日(日)
第16戦 シンガポールGP 10月1日(金) ~ 2日(土) 10月3日(日)
第17戦 日本GP 10月8日(金) ~ 9日(土) 10月10日(日)
第18戦 アメリカGP 10月22日(金) ~ 23日(土) 10月24日(日)
第19戦 メキシコGP 10月29日(金) ~ 30日(土) 10月31日(日)
第20戦 サンパウロGP 11月12日(金) ~ 13日(土) 11月14日(日)
第21戦 オーストラリアGP 11月19日(金) ~ 20日(土) 11月21日(日)
第22戦 サウジアラビアGP 12月3日(金) ~ 4日(土) 12月5日(日)
第23戦 アブダビGP 12月10日(金) ~ 11日(土) 12月12日(日)

F1の視聴方法

DAZNでは2021年もF1™に加えて、F2、F3の全レースが配信予定。さらにF1™各グランプリの予選、決勝時にはオリジナル番組『F1 ZONE』が配信される。メインフィード、オンボードカメラ、タイムフィード、ドライバートラッカーの4つのフィードを一つの画面で見ることができる画期的な番組だ。

毎週水曜日には、新コンテンツ「WEDNESDAY F1 TIME」が配信される。コース紹介や各コーナーの攻略法を交えたレースプレビュー、レース後に注目のF1ドライバー、角田裕毅選手がレースを振り返る。

また、各グランプリ後の金曜日には、未公開映像を交えながら、F1™中継の解説を務める小倉茂徳氏と田中健一氏が、ビハインド・ザ・シーンで各レースを振り返る『F1 LAB(ラボ)』が配信され、レース以外の日でもF1™に触れることができる。

DAZNの月額料金は1,925円 (税込)。加入後は1ヶ月の無料体験期間がある。登録方法は以下の通り:

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